新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
読者のみなさんにとって良い年でありますように。
健康でありますように。
去年をとても簡単に振り返りますと、ヴェニスでのパーセルのオペラ「ディドとエネアス」の演出、長期間の「ミロク」アメリカツアー、国内外「オブセッション」公演、ヨーロッパ「鏡と音楽」初公演、映画「A Boy Inside The Boy」のイタリアと日本での撮影、および編集、そして東京で「スキナーズ」の初演。とても充実した日々で、新たな視野が大きく開けました。
「スキナーズ」は私たちの為のみならず、今後のダンスにとって重要な作品である事を自覚しています。
私はダンスは常に大いなる基礎があるべきだと、ダンスを志してからずっと考えつづけてきました。単なる作品づくりがダンスではないという意味です。根源に何がありうるのかという問題です。
古典主義者ではない私は常に新作への思考を積み重ねていますが、日常的にはいかなる基礎を私たちは持ちうるのかを考え、身体的な試みを絶やしません。
手軽さや新しいという言葉が魅惑的に人を誘い、若い世代に手招きをする。惑わされていると気がつかずに精を出す。そういう空疎な動作が流行った時代はいつまで続くのでしょう。きっと今後も絶えないでしょう。私はそういう事を頭ごなしに批判しようとは思いません。なぜなら人間は考えにおいても行動においても自由だから。毒や麻酔薬は時として必要悪と言える。事実私は毒の無いものに魅力は感じません。しかし大事な基礎はそういうものの反対側にあると、私は考えています。
惑わされない強さこそ身につけなければならないのです。強力な基礎的本体があってこそ毒や危険を遊ぶことができる。これが私の芸術的精神です。強力な基礎、毒や麻酔薬、理想、反逆、信じる事、疑う力、、、疑う力無しにどうして美しいものを手に入れられるでしょうか。それは同時に信じる力の事でもあります。信じ、疑い、発見し、感じ、考える。
私たちは、現実を素手で掴む為にダンスをする。ダンスの基礎はなにか。現実から未来へ。現実は当然のことだが、過去を含む。過去を含まない現実は無い。そして私はダンスの事をこのように考える。「ダンスは未来に触れる為にある。その未来とは生命だ。生命には起源がある。」
ダンスの手法がより高次元を目指す精神が求められる。ダンスの基礎から高次の発想を可能にする技術論が求められる。
ダンスを簡単に踊る為には、困難に立ち向かう力が充実して初めて可能になるのです。それは難しく複雑なのです。なぜそうかと言えば、簡単になる為であり、率直になる為であり、実直である為であり、楽しむ為だからです。画一化した今のテレビ放送のような「表現の統制」に囚われない為でもあります。
とても長くなりましたが、「スキナーズ」というダンス作品が良いと思うのは、上記の事柄を実践していているからです。私は生き生きした気持ちで、私たちが行なった行動、つまり公演は、2010年に生まれた大事な生命だと考えます。今年2011年は、そのすでに始まった流れを絶やさず、その先のより良き準備の年にしたいと思っています。
「全ては結果ではなく準備だ。」これも私がずっと長年仲間に伝えてきた事です。
恐れず準備しよう。良い準備が私たちの行動をつなげてくれる。「つなぐ事」。「つなぐ事」がダンスの本質、動きの本質です。
「創作と基礎研究」、この二つは従来通り私たちの年間目標です。
いつものように、「これからこれから」