シアターΧ公演『ガドルフの百合』
開幕直前スペシャル対談(後編)

シアターΧ公演『ガドルフの百合』直前スペシャル対談の後編をお送りします。
勅使川原三郎と佐東利穂子が、宮沢賢治の世界について思うことをたっぷりと語ります。
話題は、賢治の独特の表現、ものごとの捉え方などに及んでいます。
 
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──宮沢賢治の、音の描写は独特ですね。
 
勅使川原 実際に、昨日の雨は雷の音もすごかった。さらに数日前には地震もあって、揺れが来る前にカタカタと小さな音がすることがありましたね。つまり、いろんな音が聞こえて混ざっているわけです。私たちが普通だと考えている空間というのは、意外とそんなものだと思います。普段は、空調の音とか、工事の音とか、人工的な音に満たされているけれど、実は、“空が鳴る”とよく言いますが、いろんな音が鳴っている。東京でもどの地域でも、交通機関が全部止まったらもっといろんな音が聞こえるのでしょう。
 
佐東 作品のために朗読を録音していると、いろんな音が気になってきます。冷蔵庫や空調の音だけでなく、カラスの鳴き声や、遠くの、何の音だかわからない音まで聞こえてきます。
 
勅使川原 宮沢賢治は音に対してとても敏感であると思います。同時に、色彩、距離感の描写も独特で、素晴らしいのですが、たとえば音の場合、中心的に描写する音と、微かに聴こえる何かの音とを、別々に扱うのではなく同等の価値があると読むことができる。宮沢賢治を読み直すと、以前はそれほど強く感じていなかったのに、「こういうことだったのか!」と思わされる箇所が随所に現れます。『ガドルフの百合』には、雷が鳴った後に余韻が残っているのが描かれている部分がある。それがずっと気になるのです。私が舞台で音を使う時は、余韻をどのように扱うかを大切にしますが、音楽の使い方と全く同じ。我々の動作も、照明の使い方も同様で、全ての要素が同等なのです。
また、賢治の作品では、鉱石とか、宇宙の先の星座の世界も、異なる次元ではなく、ここに一緒にあるというような感覚がある。世界を構成している要素は皆同等であって、生命のように同時平衡に存在しているという摂理を、賢治は理解していて、いろんなものを大事にしていると私は感じます。
 
──ダンス作品を創るにあたっては、宮沢賢治のそういった感覚も大事にされているのですね。
 
勅使川原 とても影響されています。言葉遣いも、また、始まりと終わりについてもそう。たとえば『ガドルフの百合』では、雨が降りしきっている中でいろんなことがあって、雷が鳴り止み、雨も止む。そしてガドルフは、静かに考えたと、文章は締め括られる。
劇的ではないし、意味深い表現ではないように、物語の始まりも終わりも、スッと入ってスッと終わってしまう。大仰に描いていない。そういうところが面白いんです。
 
佐東 本当に何かがあったのかどうかもわからないし、どこにも行っていない。その描き方が面白いんですよね。勅使川原さんの作品を踊っている時に感じることと近いものがあります。結局どこにも移動していない。円環するような時間をその場で体験するようです。
 
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勅使川原 以前、『Here to Here』という作品を創っていますが、「ここからここ」、ですね。たとえば私が絵に描くなら、遠くからやってくる姿ではなくて、もうそこにいて、どこかへ行こうとする背中だと思う。その先は想像できるというか。ある意味物質的な感じがするんです。どうして賢治はそんなことができるのだろうと思うのですが、やはり、鉱石とか石とか星、農業作業をしている時の道具、それに、彼はチェロを弾いていたでしょう。そういう、ものを大事にする気持ちが根底にあるのかなと思っているんです。
それから「ぶりぶり憤(おこ)って」という表現が出てくるのですが、それがなんともおかしい、面白い。(笑)。怒りというわけでもなく、ただ「ぶりぶり」している。本当はいろんな悩みや嫌な事かあったかもしれないけれど、雨が降ってきて寒くて仕方なくて、そのうち寝てしまったとか、全く脈絡がないように思えるけれど、普段の生活、生きていることってその程度のことじゃないかと思うんです。
 
佐東 だから宮沢賢治は子供の姿を借りることが多いのかなと思います。子供の体験は、外から見たら大したことではないように思われますが、人に言わないところで怖い思いをしていたり、すごく汗をかいていたりということがありますよね。
 
勅使川原 空ってこうなんだと、子供は不思議に思い、どうしてと大人に尋ねますが、実は大人も訳はわからないし不思議です。宮沢賢治には、経験による知恵がない子供の目を通して不思議がらせたい、という思いがあるのではないかと感じます。だから大きい子供である大人の気持ちにぐっとくるのだろうと思います。
ノスタルジーや感傷ではないところに、世界には新しい物語がいっぱいあるはずです。過去にあったことを伝説として読み解くことも大事ですが、いま何かが起こっているということを、新たな見方、というよりもむしろ、あらためて、あるいは深く見ると見えてくる世界が広がっている。宮沢賢治に触れると未知なる広がりと不思議な実態を感じ、そこから作品を創りたくなるのです。
 
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──2021年もあとわずかとなりました。
 
佐東 去年と今年、2020年と2021年がコロナ禍というくくりで一緒になってしまった感覚ですね。私たちにとっては、いつものように海外で公演することが叶わなかった2年間でしたが、その分、アパラタスで集中して創作活動を重ねることができ、そこで積み重ねた豊かさはいま、新たな予感を感じさせます。
 
勅使川原 いま、来年の海外公演の準備を進めていますが、東京、また愛知県芸術劇場での公演もありますし、もちろん、このアパラタスでの活動を大事にしていきたいと思っています。

 
 
いよいよ明日より開幕!
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