ミロク
選曲:勅使川原三郎、宮田佳、Neil Griffiths
出演:勅使川原三郎
上演時間:55分
初演:2007年12月8日 新国立劇場
主催:新国立劇場
公演記録: 2008年モンペリエ(仏)
2009年リヨン(仏)、マルセイユ(仏)、パリ(仏)、レッジオ・エミリア(伊)
2010年イボス・タルブ(仏)、トゥールーズ(仏)、コロンバス(米) 、ミネアポリス(米)、
オタワ(加)、モントリオール(加)、 ニューヨーク(米)
2011年グルノーブル(仏)、アテネ(希)
2012年ワルシャワ(波)
2014年クレルモン=フェラン(仏)
聴こえて来そうな音楽を思う
過去も未来も一緒になったもの、形が形を超えたもの
朝はあるべきように朝である
あるべきようにある
形はあるべきようにある
それを知るのはすこしでもうれしくなれる為だけではない
それは生命の形がまたとない形となって現れてくる現実に直面する事だ
あるべきようにある形
それは朝から始まる
そして、それにしても、期待する
水色の皮膚が氷に溶かされる夜明け
背中を反りかえさせた者は
電気に骨を鳴らしながらだれかを待っていた
口に入れた物は食べ物ではなく
すでに形を失った役に立たない物ばかり
自らが個体である事の限界を悟り始めた頃
青緑の光さえ温かい
この作品に寄せて
作品について
by 勅使川原三郎
私は長年、詩人であり思想家の稲垣足穂から大きな影響を受けてきました。 「ミロク」は稲垣足穂の自伝的詩小説「弥勒」から発想しました。足穂の「弥勒」は56億7千万年後に人々を救済にくるという「弥勒菩薩」を主題に、「現実と未来への宇宙的郷愁」と言ってもよい独特の宇宙観や世界観が展開します。私は自分のひとつの身体を物語と向き合わせて、集約された足穂の言葉に深く共感した事をダンスにするのみです。 「壊れやすさ(フラジャイル)において透明であって、だから美しいのだ」と書かれていますが、不確かで壊れやすいものに永遠性を感じる感覚で、ダンスする身体に共通します。随時に現れる純粋な動きを見出します。「無限なるものを有限の方法で表したものが美である。」ダンスとはまさにそれです。「現在とは完了しつつある未来」私は踊る時、動く時にもっている最も大切な感覚です。それはとても密やかな感覚レベルで身体的に持ち合わせている動きの本質だと思います。 京都、広隆寺の弥勒菩薩像を訪れた際、その極めて繊細で柔軟な動きから湧き立つ美を見た感動も、私がこの作品に向かうことになった理由になっています。時間を超えた永遠なるものが、柔和なか弱い姿になって現されていましたが、同時に極度な緊張感によって保たれているとも感じました。瞬間と永遠が和んで調和した形というのでしょうか。 この新作は久しぶりのソロ作品ですが、私なりのダンスと時間への新たな挑戦です。